教育困難大学とは?Fラン大学と何が違うのか?しかたなく不本意入学する例も

近頃オシャンティーなお名前の大学や学部名が目立ちます。

今朝見た不可思議なネーミング、それは“教育困難大学”

「教育できそうでできない教育機関」という、「チャウチャウちゃうんちゃう?」くらい不思議に満ちた用語が発生しております。

今回は教育困難大学の意味と、かつてから言われていた「Fラン大学」との違いを解説していきます。

教育困難大学とは

このような大学には、「教育困難校」と呼ばれる高校の卒業生が多数入学している。

(中略)

高校からの連続性を踏まえて、どのような学力の志願者でも受け入れている大学を、「教育困難大学」と呼びたい。

出展:東洋経済ONLINE

事の発端は東洋経済ONLINEの教育ライター、朝比奈なを氏のコラムがFラン大学の実情を強烈なネーミングで表現したことからきています。

どんな学力の生徒でも入学手続きさえすれば、適当に入試を受ければ大学に行けるし、大学側も受け入れる。

しかし、中等教育(小中学校は初等~前期中等教育、高校は後期中等教育にあたる)すら身についていない学生に高等教育を施すのだから、その道は非常に困難を極める。

というのが教育困難大学の意味です。

困難というのは、

  • 授業中に話を聞かない
  • 基礎学力がないので講義を理解できない
  • 履修規定が理解できない
  • 暴れる
  • 他の学生に迷惑をかける
  • 社会的常識が備わっていない

など、小中学校・高校で卒業しているはずの前提条件からつまずいているからです。

教員はそこから指導する必要が出てくるので、本題である高等教育に辿り着くまでに苦労します。生徒は授業についていけないので、いつかは中退に陥る可能性があります。

Fラン大学とは

近年「Fラン大学」という名称が知名度を上げてきています。

Fラン大学とは、ネットスラングでありFランク大学の略称です。

知名度が低くて偏差値が付けられないくらいの大学や、めちゃくちゃ偏差値が低くてAから数えて一番下の、Fランクに入っている大学を指しています。

元は河合塾が大学の偏差値順に仕分けて、Fというランク(BF:ボーダーフリー。合格率50%ラインが存在しない)を作ったのが始まりです。

基本的には日東駒専(日本大学・東洋大学・駒澤大学・専修大学)以下の大学を指していますが、人によっては知名度がなければなんでもFと言っちゃう人もいます。

Fラン大学と教育困難大学との違い

Fラン大学は単に知名度の低さと、それに比例する受験の緩さで偏差値が低い大学ですが、教育困難大学の本質は「高等教育が難しい」という部分なので、ニュアンスが異なります。

受験に関する偏差値が低いのと、学生に教育出来ないのというは全く別物で、マイナー大学でも一部の学部や研究室がめちゃくちゃ強い、なんてものはザラにあります。

教育困難大学は

「勉強なんかムリムリ!でも大学でキャンパスライフ~↑↑」

「無勉ヤンキーだけどとりあえず大学行っとくか」

「就職したくない、なるべく楽してモラトリアムしたい」

という学生がやってくるため、必然的に受験が緩いFラン大学に行くことになります。

そんな学生を大量に受け入れたなら、標準的な大学レベルでの教育を行うのは非常に難しくなるため、それに合わせて講義のレベルを落とすことになります。

そのため大学の評判が下がってしまい、さらに志願者が減って受験が緩くなり、教育困難大学が作られていくという負のサイクルが始まります。

考え方としては、Fラン大学のカテゴリー内に教育困難大学が入っているというイメージです。

教育困難大学に行く羽目になる、不本意入学とは

元々勉強が好きでもないし、今後もしたくない。でも大学に行ってウェ~イしたい。そんな学生だけが教育困難大学に行くわけではありません。

その地域で学力が中から上位の高校の卒業生で、中堅レベルの大学に入れるような学生も少数ながら入ってくることがあるようです。

東洋経済オンラインの記事では「不本意入学」という用語も作られています。

受験勉強はしたが、希望していた大学に受からず、親も本人も浪人することを是とせず、仕方なく「教育困難大学」に入ってくる

激レア案件のような匂いがしますが、大学全入時代では当たり前になってくるのでしょうか。

不本意入学の原因と挙げられるのは、

  • 浪人生活の経済的負担
  • 所属することによる安心感

2つ挙げられていますが、予備校より無職浪人していた方が遥かに安いです。自分で勉強できるかどうかは保証しませんが(笑)

なんでもいいから大学に所属したいなら、通信制の放送大学で大学課程に進めば予備校と同じような費用で大学生になれます。

学問の話がしたくても、教育困難大学で同レベル以上の友達を探すのは困難な気もします……

高等教育無償化に対する危惧

2017年11月8日の東洋経済オンラインではこのように締めています。

学ぶ気のない学生を大学の経営のために入学させてしまうことは、ほかの学生にとって悪影響以外の何ものでもない。高等教育の授業料無償化が検討されるつつあるようだが、このような学生も対象にしてよいか、大きな疑問がある。

大学の費用を無料にすることで、教育困難な学生も大量生産してしまうのではないかという危惧をしています。

もし全大学を対象とするなら、研究で一定の成果を上げている大学か、国公立大学を完全無償化するなどある程度は絞って実施した方が、自称「学生」を大量生産しないで済むでしょう。

もしくは、学歴による基本給の差をなくし、高卒・専門卒・大卒を同じラインに立たせることで、就職のために大学に行く必要を無くしてしまうというのも考えられます。(そのためには義務教育のレベルを上げる必要があるので実現しにくい)

大学を無料にすることで、経済的に進学を諦めている優秀な人材にチャンスが訪れる、ダイアの原石を発掘するには大きい効力があると思います。

現状を踏まえ、その大学に対して国が学費を肩代わりする価値があるのかの検討する、そして就職に一番近い高校や職業訓練校、専門学校の価値をもう一度見直し、将来の学生たちに振り向いてもらう必要があります。

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